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千葉地方裁判所 平成8年(行ウ)40号 判決 1997年8月06日

原告

兵頭雅子

右訴訟代理人弁護士

吉永満夫

被告

千葉県教育委員会

右代表者委員長

諸岡市郎左衛門

右訴訟代理人弁護士

石津廣司

右指定代理人

野村正彦

外二名

主文

一  被告が原告に対し、平成六年一二月二一日付でした、別紙公文書目録一記載の文書の全部を公開しないとする決定は、同目録二記載の給料表の種類欄及び級・号給欄を公開しないとした部分を除いて、これを取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が原告に対し、平成六年一二月二一日付でした別紙公文書目録一記載の文書の全部を公開しないとする決定は、同目録二記載の級・号給欄を公開しないとした部分を除いて、これを取り消す。

第二  事案の概要

本件は、原告が千葉県公文書公開条例(以下「条例」という)に基づいて、千葉県立高等学校の校長の出張に関する記録(旅行命令票)の公開を請求したところ、被告が右記録(旅行命令票)には条例一一条二号本文に該当する情報(個人情報)が記録されているとして、その全部を公開しないとの決定をしたため、その取消し(級・号給欄は除く)を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  (当事者)

原告は、千葉県内に住所を有し、千葉県立小金高等学校に通学していた生徒の保護者である。

被告は、条例二条に基づく公文書の公開を実施する機関(実施機関)である。

2  (本訴に至るまでの経緯について)

(一) 原告は、平成六年一二月八日、被告に対し、千葉県立小金高等学校の花井保校長(以下「花井校長」という)の平成五年度中及び平成六年一一月三〇日までの校外出張の記録の公開を請求した。

校外出張の記録に該当する文書は、右請求期間に対応する花井校長の旅行命令票(以下「本件公文書」という)であるが、被告は、平成六年一二月二一日、本件公文書には、個人に関する情報であって特定個人が識別され、又は識別され得るものが記載されており条例一一条二号本文に該当する、という理由によりこれを公開しないとする決定(以下「本件非公開決定処分」という)をした。

(二) そこで、原告は、本件非公開決定処分を不服として、平成七年一月二五日、被告に対し、行政不服審査法に基づく異議申立てを行ったが、被告は、平成八年九月一八日、これを棄却する旨の決定をした。

(三) 原告は、右棄却決定に先立ち、平成八年九月一四日、本件非公開決定処分の全部の取消しを求めて本訴を提起し、その後、本件公文書中の級・号給欄についての取消請求部分を取り下げた。

3  (条例の条項について)

条例の規定(抜粋)は次のとおりである。

一条 この条例は、県民の公文書の公開を請求する権利を明らかにするとともに、公文書の公開に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県政の公正な運営の確保と県民参加による行政の一層の推進を図ることを目的とする。

三条 実施機関は、県民の公文書の公開を請求する権利を十分尊重してこの条例を解釈し、運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。

六条 前条の規定により公開を請求することができる公文書は、昭和六三年四月一日以後に実施機関の職員が職務上作成し、又は収受した公文書とする。

一一条 実施機関は、次の各号の一に該当する情報が記録されている公文書については、公開しないことができる。

一号 (省略)

二号 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって特定個人が識別され、又は識別され得るもの。ただし、次の掲げる情報を除く。

イ 法令等の定めるところにより、何人でも閲覧することができる情報

ロ 実施機関が作成し、又は収受した情報で、公表を目的としているもの

ハ 法令等に基づく許可、免許、届出等の際に実施機関が作成し、又は収受した情報で、公開することが公益上必要であると認められるもの

三号 法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。(以下「法人等」という。)に関する情報または事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上若しくは事業運営上の地位に不利益を与え、又は社会的信用を損なうと認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

イ、ロ、ハ(省略)

四号ないし八号(省略)

一二条 実施機関は、公開しようとする公文書に、前条各号の一に該当する情報とそれ以外の情報とが併せて記録されている場合において、同条の規定により公開しないことができる情報に係る部分とそれ以外の部分とを容易に、かつ、当該公文書の公開を受けようとする趣旨を損なわない程度に分離できるときは、当該公開しないことができる情報に係る部分を除いて当該公文書を公開しなければならない。

4  (本件公文書について)

千葉県の「職員の旅費に関する条例」は、職員が出張(公務のため一時その在勤公署を離れて旅行すること)した場合には旅費を支給する(二条二号、三号、三条一項)、旅行は命令権者もしくはその委任を受けた者又は旅行依頼を行う者(以下「旅行命令権者等」という)の発する旅行命令等によって行わなければならない(四条一項)、旅行命令権者等が旅行命令を発するには、旅行命令簿又は旅行依頼簿(以下「旅行命令簿等」という)に当該旅行に関し必要な事項を記載し、これを当該旅行者に提示して行わなければならない(同条四項)、旅行命令簿等の記載事項及び様式は人事委員会規則で定める(同条五項)、旅費の支給を受けようとする旅行者は、所定の請求書を支払担当者に提出しなければならない(一二条一項)、右請求書の記載事項及び様式は人事委員会規則で定める(同条四項)旨規定し、「職員の旅費に関する規則」四条は右条例の四条五項、一二条四項を受けて、旅行命令簿等並びに普通旅費及び日額旅費にかかる請求書の記載事項及び様式は別票第一の旅行命令票によると定めている。

右旅行命令票の記載項目は、別紙公文書目録二記載のとおりであって、本件公文書は、いずれも花井校長が出張する際に、右旅行命令票の各欄に、旅行命令権者、旅費請求者、会計担当者等(花井校長は旅費請求者であると同時に旅行命令権者でもある)が必要事項を記入する等して作成されたものである。

二  争点

1  本件公文書に記録された情報は、条例一一条二号本文に定める「個人に関する情報」に該当するか(以下「争点1」という)。

2  部分公開の可否(以下「争点2」という)。

三  争点に対する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告

本件公文書は、前記一4のとおりのものであって、条例一一条二号本文に定める「個人に関する情報」(以下、単に「個人に関する情報」と表示する)が記録されている公文書に該当しない。その理由は以下のとおりである。

(1) 条例は、県民からの公文書の公開請求に対して公開に応じることを原則とし、公開しないことができる公文書を一定の視点から分類し、一一条で八項目に絞ってその特定をしている。したがって、各項目ごとに非公開文書と規定された制定理由があるのであるから、その制定理由に即して当該公文書が非公開とされるべきか否かを判断すべきである。換言すれば、具体的、限定的、一義的に定められた一一条各号の文言は厳格に解釈しなければならず、その枠を越えた解釈をすることは許されない。

(2) 条例一一条二号本文(以下「一一条二号」という)は、「個人に関する情報」について、非公開の基準を定めているが、同号は、地方自治体が膨大な住民の個人情報を把握・管理している関係上、住民のプライバシーを保護するために設けられた規定であって、「個人に関する情報」が「特定個人が識別され、又は識別され得るもの」である場合には非公開(その例外は、同号のイないしハ)とし、個人に関する情報以外の情報(事業者の当該事業に関する情報、法人に関する情報、国に関する情報、県に関する情報等の情報で、その中身はプライバシーに関する情報ではなく、事業に関する情報である)については、それが「特定個人が識別され、又は識別され得るもの」であるか否かにかかわりなく、一一条二号の問題ではなく、他の条項でその公開・非公開が決定されることとしたのである。

したがって、「個人に関する情報」とは住民個人の私的情報に外ならず、これに公務員個人の公務上の情報が含まれないことは明らかである。

(3) また、一一条二号は、「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く)」と規定し、概念的に事業を営む個人とその他の個人とを区別できるとした上で、事業を営む個人の情報について、事業を営む個人の当該事業に関する情報(個人事業者事業情報)と事業を営む当該事業に関する情報以外の情報(個人事業者生活情報)を区別できる、また両者を区別して論じなければならないとの前提で立法されており、このような区別をしたのは、個人事業者生活情報を非公開とする目的がプライバシーの保護であり、個人事業者事業情報はプライバシー保護の対象にならないということからであって、そうしたことと対比して、個人の事業上の情報は原則公開となるのに対して、公務員の公務に関する情報が「個人に関する情報」に該当するものとして非公開となるのは背理である。

(4) 被告は、条例は、プライバシー保護の観点から非公開とする個人情報の特定の仕方について、いわゆる個人識別型の規定の仕方を採用しており、一一条二号によって非公開とされる「個人に関する情報」とは、個人の人格や私生活に関する情報、すなわち、プライバシーに関する情報に限定されるものではなく、個人との関連性を有するすべての情報を意味するのであって、公務員の公務に関する情報も当該公務員の個人の活動に関する情報としてこれに含まれる旨主張する。

しかしながら、プライバシーを保護するために非公開とする個人情報の特定の仕方には、実質的にプライバシーの概念をできるだけ表現する方向で規定する方法(プライバシー型)と、いわゆるプライバシーの実質を言葉で表現しても限界があるということから、プライバシーを保護するという趣旨で、個人情報のうち特定の個人が識別される情報は一切非公開とする規定の方法(個人識別型)があり、条例が後者の方法を採用していることは被告主張のとおりであるが、この規定の仕方のいずれを採用するかは法技術の問題であり、制定趣旨は同一であるから、その解釈に大差のないことは当然であって、右被告の主張は不当である。

(二) 被告

本件公文書は、前記一4のとおりのものであって、一一条二号に定める情報、すなわち「個人に関する情報であって特定個人が識別され、又は識別され得るもの」が記録されている公文書に該当する。その理由は以下のとおりである。

(1) 条例は、その三条において、条例の解釈運用に当たっては、公文書の公開を請求する権利を十分尊重する一方、公開を原則とする公文書公開制度の下においても個人のプライバシーは最大限に保護されるべきであり、正当な理由なく個人のプライバシーが公にされることがあってはならないことを明らかにし、一一条二号において、「個人に関する情報であって特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」に該当する情報が記録されている公文書については公開しないことができる旨規定している。

(2) 一一条二号は、プライバシーの概念・定義については法的にも社会通念上も未だ確立されておらず不明確であるため、個人のプライバシーに関する情報に限って非公開情報とするとの立場をとると、条例上の非公開情報の範囲も不明確となってしまうことや、プライバシーに関する情報は、いったん公開されてしまった場合は回復できない損害を当該個人に与えてしまうことから、その保護には万全を期すことが必要であるなどの理由から、個人のプライバシーを最大限に保護するために、公開を求められた公文書に記載された情報が、個人に関する情報であって特定の個人が識別され、又は識別され得る情報である場合には、それが個人のプライバシーに関する情報であるかどうか判断することなく、原則として非公開とすることができるとしたのである(個人識別型の規定の仕方を採用)。

このように、一一条二号によって非公開とされる「個人に関する情報」とは、個人の人格や私生活に関する情報、すなわちプライバシーに関する情報に限定されるものではなく、個人との関連性を有するすべての情報を意味するのであって、公務員の公務に関する情報も当該公務員の個人の活動に関する情報としてこれに含まれる。

(3) なお、一一条二号は、個人に関する情報のうち事業を営む個人の当該事業に関する情報を適用除外としているが、これは、事業を営む個人の当該事業に関する情報が法人等の事業活動に関する情報と同様の性格を有するものであることから、一一条三号でその公開の可否を判断すべきものとして、明文をもって一一条二号の適用を除外したのであって、条例には、法人等の事業に関する情報や国、県等の公務に関する情報について一一条二号の適用を除外する規定は何ら置かれていない。これらの情報の中に法人等の役職員や国、県等の公務員をも含む個人に関する情報が含まれていれば、当然のことながら当該個人に関する情報部分は一一条二号によりその公開の可否が判断されることとなるのである。つまり、法人等の役職員の当該事業に関する情報や国、県等の公務員の当該公務に関する情報について適用を除外する旨の規定が条例にない以上、条文解釈の一般原則からして、一一条二号の適用が除外されるのは事業を営む個人の当該事業に関する情報に限られることは明らかである。

(4) そこで、本件をみるに、本件公文書は前記一4のとおりのものであって、そこには、花井校長の給料表の種類、級・号給の他、同校長が何時、いかなる用務で、どこに出張し、その旅費としていくら支給されたかといった情報が記録されており、右各情報が「個人に関する情報」に該当することは明らかである。また、右各情報は一一条二号但書きのイないしハのいずれの情報にも該当しない。

(5) 仮に、「個人に関する情報」をプライバシーに関連する私生活に関する情報と限定して解釈するとしても、本件公文書に記載された情報はこれに該当する。すなわち、本件公文書には花井校長の給料表の種類、級・号給が記載されていて、これにより同校長の給与額が明らかになり(給与額算定の根拠となる給与条例は公表されている)、また、本件公文書には同校長に支給された旅費に関し、金額がその内訳とともに記録されている。右の支給給与額及び支給旅費額は、いずれも同校長個人の収入に関する情報であり、典型的なプライバシー情報であって、原告の解釈を前提としても一一条二号にいう「個人に関する情報」に該当する。

また、本件で公開請求の対象となっているのは、花井校長という特定個人の約二年間にわたる校外出張にかかる記録であり、単なる公務に関する情報の域を越えて、同校長の勤務態度という個人に固有な情報に該当するものであるから、プライバシーにかかる情報であり、個人に関する情報に該当するというべきである。

2  争点2について

(一) 原告

仮に、旅費・日当支給額が「個人に関する情報」に該当するとしても、本件公文書中の出張日時(発令年月日欄、旅行年月日欄)、出張先(旅行先欄)、用務(用務欄)は「個人に関する情報」に該当しないから、少なくとも右の部分は公開すべきである。

(二) 被告

(1) 条例の一二条が適用されるのは、あくまで公開できる部分があって、しかも公開できない部分の分離が容易であり、かつその分離が公開を受けようとする趣旨を損なわない場合に限られるのであって、本件公文書に記録された情報はすべて一一条二号本文の個人情報であるから、同号但書きが適用されるのは、せいぜい本件公文書中、勤務部課(所)欄、職名欄、氏名欄程度である。

そして、本件公文書の公開請求が花井校長の氏名を特定してなされている以上、右部分だけ公開しても何ら意味はなく、公開を請求する趣旨が損なわれ、結局、条例の一二条を適用して部分公開をすべき場合には該当しない。

(2) また、原告は、「個人に関する情報」を限定的に解釈し、本件公文書中の出張日時(発令年月日欄、旅行年月日欄)、出張先(旅行先欄)、用務(用務欄)は「個人に関する情報」に該当しないから、同部分を公開すべきである旨主張する。しかしながら、出張日時、出張先に関する情報はそもそも公開できる情報ではないし、出張日時及び出張先に係る部分を公開すれば、当該期間に何回、どこに出張したかが分かり、旅費については公表されている旅費条例、旅費規則により機械的に算定されることから、当該期間中に支給される旅費額が分かることになる。旅費支給額は個人の収入に関する情報であり、原告の主張を前提としても「個人に関する情報」に該当する。また、用務については、県立高校の校長の場合は、赴任の場合は「赴任」、生徒引率の場合には「生徒引率」、これら以外の場合は一般に「学校管理用務」(または「高等学校総務用務」)とのみ記載する実態となっており、出張日時、出張先を公開することなく右部分のみ公開しても何ら意味はなく、公開を請求する趣旨が損なわれ、結局、条例の一二条を適用して部分公開をすべき場合には該当しない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  「個人に関する情報」について

(一) 条例は、実施機関の職員が職務上作成し、又は収受した文書等であって、決裁、供覧等の手続が終了し、実施機関が管理しているものを公開請求の対象となる公文書と定義し(二条一項、二項)、県民からのそうした公文書の公開請求に対しては公開に応じることを原則とするが(一条、三条、六条、一一条、一二条)、一一条二号において、原則公開の例外の一つとして、実施機関は、「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く)であって特定個人が識別され、又は識別され得るもの」が記録されている公文書については、公開しないことができると規定した。

したがって、実施機関である被告は、公開請求を受けた公文書に記録された情報が、①個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く)であること、②特定個人が識別され、又は、識別され得る情報であることという二つの要件(以下「①及び②の要件」という)を具備する場合に限り、一一条二号に基づいて右公文書を公開しないことができるのであって、右要件を一つでも具備しない場合には右公文書を公開しなければならないのである。

(二) ところで、千葉県発行の「公文書公開の手引(改訂版)」(乙一号証)中の「千葉県公文書公開条例解釈運用基準」には、一一号二号の趣旨について、「本号は、基本的人権を尊重し、個人の尊厳を守る立場から、個人のプライバシーを最大限に保護するため定めたものである。」「プライバシーに関する情報の範囲は明確になっていない状況であるため、本号では、広く個人に関する情報について、特定個人が識別され、又は識別され得る情報を公開しないことができることとした」との説明がなされていることが認められ、右説明から、プライバシー保護の観点から公開しないことができる個人に関する情報をどのように特定するかという問題について、条例の制定者が、制定当時(昭和六三年九月一日当時)知られていた、プライバシー保護の必要が大きい事項を具体的に掲げる方法(プライバシー型、甲七号証)をとらずに、一一条二号に定める方式(個人識別型)を採用した理由は、その方が、原則公開という公文書公開制度の中にあって、個人のプライバシーを最大限に、より客観的に保護することができると考えたからであって、個人に関する私的な情報に全くかかわりのない情報までも「個人に関する情報」として保護することを意図して右方式(個人識別型)を採用したものでないことは、容易にうかがい知ることができる。このことは、右「基準」の一一条二号の「解釈及び運用」の項において、「個人に関する情報とは、①思想、信条、信仰、意識、趣味等個人の内心の秘密に関する情報、②職業、資格、学歴、犯罪歴、所属団体等個人の経歴、社会的活動に関する情報、③収入、資産等個人の財産状況に関する情報、④健康状態、病歴等個人の心身の状況に関する情報、⑤家族関係、生活記録等個人の家庭、生活に関する情報など、個人に関するすべての情報をいう」との説明をしているところ、具体例として掲げられた右①ないし⑤の情報は、いずれも個人に関する私的な情報であることからも首肯し得るところである。なお、右説明において、①ないし⑤の具体的例に続いて、「など個人に関するすべての情報」という総括的な記述があるが、右記述は、①ないし⑤の情報に限らず、それらと同質の情報も「個人に関する情報」に含まれるということを確認的に述べたもので、①ないし⑤の情報と異質の情報(個人に関する私的な情報とは全く関わりのない情報)をも「個人に関する情報」に含まれるということを説明をしているものと解することは到底できない。

(三) また、一一条二号はその括弧書きで、「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く)」と規定し、条例の一一条三号は、「事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上若しくは事業運営上の地位に不利益を与え、又は社会的信用を損なうと認められるもの」(例外は同号のイないしハ)が記録されている公文書は公開しないことができる旨規定しており、条例が、事業を営む個人には、当該事業に関する情報と当該事業に関する情報以外の情報、すなわち、事業を営む個人の事業とは関わりのない私的な情報があることを前提とし、前者は一一条三号により、後者は一一条二号により公開・非公開を決定することとしていることは明らかである。

(四) なるほど、一一条二号には、同号に定める「情報」について①及び②の要件以外に、これを限定する明示的な文言はないが、右(二)および(三)の事実からすると、「個人に関する情報」とは、個人に関する私的な情報を意味するものと解するのが相当である。

被告は、「個人に関する情報」とは個人に関連性を有する情報を全て含むものであり、公務員の公務に関する情報も当該公務員の個人に関する情報としてこれに含まれる旨主張するが、「個人に関する情報」が個人に関連性を有する情報を全て含むものであるとしても、そのことから直ちに個人に関する私的な情報とは異質の公務員の公務に関する情報も「個人に関する情報」に含まれるということにはならないのであって、被告の右主張を採用することはできない。

2  本件公文書に「個人に関する情報」が記録されているか。

(一)  本件公文書が、いずれも花井校長が出張する際に、「職員の旅費に関する条例」四条によって定められた旅行命令票の各欄に、旅行命令権者、旅費請求者、会計担当者等が必要事項を記入する等して作成した旅行命令の内容と右命令を受けた職員の出張旅費の請求等に関する事項を記録した公文書であること、及び旅行命令票の記載事項は前記第二の一4のとおりである。

(二)  右事実からすると、本件公文書の給料表の種類欄及び級・号給欄の記載は、旅費算定の基礎資料としてその記載が要求されているもので、花井校長の収入に関する情報そのものであるから、個人に関する私的な情報、すなわち、「個人に関する情報」と認められる。

しかしながら、その余の欄の記載は、旅行命令権者や旅行命令を受けた者、旅費を請求した者を特定するための記載や、用務の目的(具体的内容)、旅行命令に基いて用務が遂行されたこと、及び用務の遂行に要した旅費の積算根拠、右旅費が支払われたこと等を裏付ける、いずれも花井校長の公務に関する情報であって、同校長の個人に関する私的な情報、すなわち、「個人に関する情報」とは認められない。

(三)  被告は、①原告の本件公文書の公開請求は花井校長の氏名を明示してなされたもので、本件公文書を公開することは結果的に特定個人を識別する情報が記録された公文書を公開することになるので、公開することはできない、②本件公文書には、花井校長が何時、いかなる用務で、どこに出張し、その旅費としていくら支給されたかといった情報が記録されており、右各情報は「個人に関する情報」に該当する、③本件公文書には同校長に支給された旅費額が記録されており、右支給旅費額は同校長個人の収入に関する情報であって「個人に関する情報」に該当する、④本件で公開請求の対象となっているのは、花井校長という特定個人の約二年間にわたる校外出張にかかる記録であり、単なる公務に関する情報の域を越えた同校長の勤務態度という個人に固有な情報であるから、「個人に関する情報」に該当する旨主張する。

しかしながら、①の主張は、条例において特定個人名を明記した公文書の公開請求を不適法とする規定は存在しないばかりか、本件公文書に個人に関する私的な情報、すなわち「個人に関する情報」が記載されていない以上、「特定個人を識別する情報」が記載されていても公開するのが条例の原則であることから、また、②の主張にかかる情報は、いずれも公務に関する情報そのものであって「個人に関する情報」に該当しないことは右(二)で認定したとおりであるから、いずれも失当である。③の主張については、本件公文書中の旅費額の記録が花井校長の収入に関する情報という一面を有することは否定できないが、その金額は、公務の遂行にかかった費用の実費的支弁としての性質を有するものであって、同時に旅行命令に基づいて公務が遂行されたこと、及びその費用として一定額の旅費が支払われたという事実をも裏付ける情報であるから、前認定のとおり公開しないことによって保護すべき個人に関する私的な情報、すなわち「個人に関する情報」とまでは認めることはできず、右主張を採用することはできない。また、本件公文書から被告が④で主張するような事実を読みとることができるとしても、そのような事実が本件公文書に情報として記録されているわけではないのであるから、被告の④の主張はこれも認めることができない。

二  争点2について

1  前記一2(二)で認定したとおり、本件公文書には、「個人に関する情報」に該当する花井校長の給料表の種類欄及び級・号給欄についての情報とそれ以外の情報とが併せて記録されているものと認められるところ、右二つの情報に係る部分は容易に、かつ、本件公文書の公開を受けようとする趣旨を損なわない程度に分離できるものと認められる。

2  被告は、条例一二条が適用されるのは、あくまで公開できる部分があって、しかも公開できない部分の分離が容易であり、かつその分離が公開を受けようとする趣旨を損なわない場合に限られるのであって、本件公文書に記録された情報はすべて一一条二号本文の個人情報であるから、同号但書きが適用されるのは、せいぜい本件公文書中、勤務部課(所)欄、職名欄、氏名欄程度であり、右部分だけ公開しても本件公文書の公開請求が花井校長の氏名を特定してなされている以上何ら意味はなく、公開を請求する趣旨が損なわれ、結局、条例一二条を適用して部分公開をすべき場合には該当しない旨主張する。

しかしながら、前記一2(二)で認定したとおり、本件公文書に記載された給料表の種類欄及び級・号給欄を除くその余の記載事項は、全て個人に関する私的な情報、すなわち「個人に関する情報」と認めることはできないのであるから、右のその余の記載事項が全て「個人に関する情報」であることを前提とする被告の主張は、その前提において誤っており採用することはできない。

第四  結論

以上の事実によれば、実施機関である被告は、条例の一二条に基づいて、給料表の種類欄及び級・号給欄を除いて本件公文書を公開すべきであったのであって、本件公文書全部について公開しないこととした本件非公開決定処分は、給料表の種類欄及び級・号給欄を公開しないこととした部分を除いて違法というべきである。

よって、本件非公開決定処分は、級・号給欄を公開しないこととした部分を除いてこれを取り消すとの原告の本訴請求は、給料表の種類欄を公開しないとした部分を除いて理由があるからこれを認容し、右部分の取消しを求める請求部分は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条但書の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川島貴志郎 裁判官千德輝夫 裁判官三島琢)

別紙公文書目録<省略>

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